日向ぼっ子の大江戸散歩

現代のルーツ江戸を学んで今を探る

江戸にはお玉が池がないー?!

5期の大さんがブログを読んで「神田にお玉が池という池は現存しないと確認出来るが、はたして何時の時代までどこにそんな池があった」のかさっぱり分りません。ヒナさん知っていますか?との質問を受けたので、お話をしましょうね。

天正18年家康が入府前の江戸の地図ですよ。お玉が池は旧石神井川の所にありますね。

  江戸  江戸の原型

「江戸名所図会」の於玉が池の古事には、この地は奥州への通路で桜樹が沢山あり、桜が池と言われていました。桜樹のもとに玉という綺麗な娘が、往来する旅人にお茶を出していましたよ。「心とどめぬ旅人さへ、懸想せぬはなかりきとなん」というのですから、そこを通る旅人は美人だなぁーと思いながら通ったのでしょうね。

  お玉が池 ちくま学芸文庫「江戸名所図会」

ある時、似たようなイケメン男子2人に言い寄られるのですね。お玉は迷って選べずに桜が池に身を投げて亡くなってしまうのですよ。今なら二股OKとか結構いるのにねぇー 

村人は可哀想だと亡骸を池の辺に埋め 柳を印しとしてしたのですが、明暦の大火で焼失してしまいました。この話から「お玉が池」と呼んだという話が掲載さえれていますよ。

  奥州道1

奥州道は赤○江戸上宿~尼店~六本木~浅草への道 
江戸上宿~霞ヶ関その先六本木への道筋青○が小田原道で後の東海道の原型
因みに緑□江戸上宿から紅葉山~松原~国府方~四谷が国府路で甲州道で家康の軍団は府中からこのルートで入府しました。

  天正18 天正18年と文禄元年頃の工事

家康は最初に武田信玄、上杉謙信の話でも有名な必需品 塩と飲料水の確保することを考えたのですよ。その為に江戸前島に道三堀を開削し、小名木川~新川への舟運で行徳の塩の確保と日比谷入江の埋立ても考慮して日本橋川という人工河川を造り平川の流れを変えたのですね。

最初の工事は、秀吉が生存していたので徳川の家臣団のみで行ないました。飲料水は、局沢の流れを千鳥ヶ淵、武蔵野台地の湧水の流れを牛ヶ淵で堰き止めダムとしたのです。

その後 秀吉も亡くなっていたので、西国大名を中心に天下普請を進めて行きます。

  慶長 
慶長11年~12年 お玉が池はなくなりましたよ

  慶長16 慶長16年

江戸の町の形成は、天正18年(1590年)から万治3年(1660年)までの70年間 断続的に行なわれた大建設だったのです。現在の東京あらゆる所が、湿地や海の埋立地ですから地震 怖いですね。

昨年の江戸検のお題「江戸の名所」の時に江戸の成り立ちから勉強しましたよ。江戸検準1級3つ取得のメリットは、嫌いな幕末が面白くなったり、名所を単にそれだけでなく成り立ちから学んだりと勉強が広げられたことでしょうか^^


▽コメント

 

ヒナさん えらい!!!
これは分かりやすい!
地図並べてみるだけではイマイチだけど こうしてまとめてもらうと
なんて わかり安いんだろう・・・!
すごいよ さすが1級だね^^v
(自分でやれよ!って つっこまないでね)

 

千住姐さん門外漢の私ですが、大田道灌の時代が察しられます。
井戸水が悪いわけですね。

 

わぉー!月猫さんに褒められたー
うれぴーなぁー
伊達に準1級3個は持っていませんゼ!なんちゃってね^^
お題の問題は易しいけど、お題をそれだけ勉強するのは試験のための勉強だけど、もう少し突っ込むと実力が付くような気がします。

 

昭ちゃん、道灌以降江戸城が北条氏の支城であったのは、飲料水供給能力が大部隊を常駐させるだけのものを確保できなかったからなのですよ。
江戸初期に埋設された水道木管や継ぎ手にカキが付着していたことから、埋立地を掘り起こして水道管を埋設したのではなく、低湿地に水道管を並べてその上に土を被せて埋立地を築いたのだというのですよ。

 

姐さんブラタモリで浅草寺の一部から貝の化石(完新世・1万年)が出ているのもうなづけますね。
水道管は江戸博物館にありましたね。

 

昭ちゃん、江戸博に木管がありますよね。
浅草寺の対岸にスカイツリーが建っているのですよ。
砂地から少し中に入ると地盤は強固な処があるらしいのですが。
頼朝が隅田川を渡河したときは、江戸氏の舟だけでは舟橋を築けず、千葉、葛西氏のものと合わせて数千艘をかり集めたいうことですよ。
隅田川現在より広かったのではないかと思います。

 

江戸時代の地形葉興味深いものがあります。
特に隅田川周辺は大きく変化しているようなので
浅草寺の観音様は漁師が引き上げたなどは海を想像させます。
向島、牛島など島の名などにいわれなど興味深いです。

少し調べて事がありました。
http://blog.livedoor.jp/sansaki/archives/509567.html

 

ぷらっとくん、早速訪問ありがとうごうざいます。
昨年のGW頃、亀戸天神から浅草まで歩きましたよー
江戸の原型の隅田川辺りの地は、自然堤防で陸化された処ですから割と強固な地ですよ。
これからも時々ブログへ遊びに来て下さいね^^

 

大ちゃん、このブログでお玉が池のことが判って貰えたようですね。
お玉が池の痕跡を探しに神田へ行くとのことですが、小伝馬町の十思公園を和泉橋に向かって行くと岩本町に種痘所跡があり、その裏手にお玉稲荷がありますよ。
美味しいお蕎麦屋さんは、神田淡路町の松屋が昔の面影を残した店で好きですね。

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Author:日向ぼっ子
小千住生まれ、大千住育ち 江戸が大好きなおきゃんな中年増で~す。
江戸文化歴史検定1級取得


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