日向ぼっ子の大江戸散歩

現代のルーツ江戸を学んで今を探る

政治家とは?!

参議院の予算委員会を見ていて、政治家の劣化を感じましたよ。

日米戦争中の1945年米国にスティムソンという政治家がいました。

          スティムソン スティムソン

1945年5月末 日本の無条件降伏の条件を、戦前の10年間駐日米国大使だった、国務長官代理のグルーが作成します。グルーは日本や日本人を熟知していて、日本人の面子を重んじ降伏を可能にするには、天皇制を容認する処遇を示すべきだと考えます。

「米国人にとって天皇制は、政治システムであり、君主制か共和制かどちらが望ましいかの問題でしかないが、日本人にとっては民族の誇りと独自性にかかわる問題で、それについて理解を示せば、日本人は武器を置くでしょう」 とトルーマン大統領に進言します。

          グルー グルー

この時期グルーは二つの懸念を抱いており、早期の日本降伏を望んでいました。

一つは故ルーズベルト大統領がヤルタで、スターリンに要請したソ連参戦。
もう一つは2、3ヶ月後には使用可能になる原爆でした。トルーマンは軍の指導者の意向を確認するように命じます。

グルーは陸海軍の長官や将軍・提督に説明をします。

陸軍長官のスティムソンは説明を聞き終わり 「一つだけ批判がある」と言います。 「日本が幣原喜重郎・若槻礼次郎・浜口雄幸のような西洋世界の指導的政治家と同等ランクされうる進歩的指導者を生み出す能力を持っていることを、十分に論じていない点である」 と知日派でないスティムソンが、幣原・若槻・浜口の名前を出したことにグルーは驚きます。

      浜口雄幸 幣原喜重郎
         浜口雄幸                    幣原喜重郎

当時の米国人は、天皇・東条英機・山本五十六しか知らないというのが普通だったのですね
              
浜口が首相の時に、幣原が外相、若槻はロンドン海軍軍縮会議の全権代表で、米国はスティムソンでした。米英の主力艦比率を5:5:3との主張に対し、日本は7割と主張し、日本国内では会議の決裂が叫ばれていました。

          若槻礼次郎 若槻礼次郎

若槻は 「条約を締結したならば、国民は非難を私一人に集中し、私の名誉も生命もいかなる結果を見るか図り難いが、それは覚悟の上である」 と米英のスティムソンとマクドナルドに告げます。スティムソンとマクドナルドは若槻の気骨に感動しますよ。

結果 69.75%の回答を得ます。これは外交史上では、例外的な日本の完全勝利だったといわれています。

米国は原爆投下の第一候補として京都をあげていました。

三方が山に囲まれ爆発効果を高める地理的条件と、千年の都であり日本における知的・文化的中心であるゆえに、日本人に対する心理的ショックの大きさが重視されたのですね。

スティムソンは 「日本国民に修復不可能なほどの心理的傷を与えてはならない。戦時だからと無分別なことをやれば、戦後長きに渡って日本人は米国人を憎み、和解が不可能になるかもしれない」 とトルーマンに話します。

京都の原爆投下は避けられましたが、広島と長崎に米国が保有した2個の原爆が実験のように投下されたことは、本当に悔しく悲しいです。

戦後の友好関係再建を視野に入れていていた米国の政治家、生命を賭しても日本の平和を守ろうとした政治家に比べ、現代の政治家に潔さや気骨のある人を見出すことが難しいですねぇ。






▽コメント

 

姐さん確か戦後天皇について金森さんが
「表徴」であると発言した記憶が、、、、

 

昭ちゃん、金森徳次郎の国体に対する「天皇を憧れの中心として、
心の繋がりを持って統合している国家」という言葉のことかなぁ??

 

  姐さんそうです。

 

昭ちゃんの助言で、色々知ってドンドン昭和史の知識が広がるのが、嬉しいですよー
ありがとう^_^

 

姐さんのお蔭で私の勉強です。
極東軍事裁判もウェップ裁判長が(豪州)
天皇を裁かぬのも配慮かな、
労働運動を含めて全てが過度期です。

 

昭ちゃん、米国側としては無条件降伏の草案で、天皇制堅持だったので天皇訴追は考えてなかったのでは。
大統領がルーズベルトだったら、戦後の日本はメチャメチャになっていたかも。
トルーマンだったから、かなり知日派の意見が通った様ですね。

 

姐さんの凄いところをビックアップしましょう。
私の体験(見聞かな)は限られた情報の中だしそれでも
一般の人より仕事がら多かったけれどそれを現在いろいろな
視点がら取り出して書いているからです。
 赤坂榎木坂にあったアメリカ大使館の入口正面には
アメリカの表徴で有る「双頭の鷲」の紋章がおおきかったなー
向かいの「三会堂」もビルだったので現存しているようですね。

 

昭ちゃん、三会とは、大日本農会、山林会、水産会なのですね。
三会堂ビルのこと初めて知りました。
三〇〇と聞いたら、花柳界の三業組合の料理屋・待合・芸妓置屋が
浮かんでしまいましたよー^^;

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小千住生まれ、大千住育ち 江戸が大好きなおきゃんな中年増で~す。
江戸文化歴史検定1級取得


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