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日向ぼっ子の大江戸散歩

現代のルーツ江戸を学んで今を探る

怨念?!

財務省が大変ですが、財務省の前身大蔵省の面白い話を見つけましたよ。

関東大震災直後に当時の大蔵省内の池などを取り払い仮庁舎を建てました。

     神田祭

この場所は江戸時代には酒井雅楽頭の屋敷地で、平将門の首塚が祀られていたのです。神田の天下祭りのときは、屋敷に神田明神の神人が担ぐ神輿が入り、首塚の前で神事を行うことが恒例でした。

明治になり大蔵省と内務省の敷地になるのですが、関東大震災前までは江戸時代と同じく省内に入り神事を行い、大蔵大臣の参拝後に、神輿振りをしていたのですね。

震災復興で、首塚や池を取り払い仮庁舎を建てました。すると庁舎に関係する者に怪我人や病人が続出し、大蔵大臣や幹部が14人も相次いで亡くなったというのです。

       平将門

将門の祟りかと言われ、塚の上に建てた仮庁舎を取り壊し塚を元のように戻し、鎮魂式を行ったのですね。

ところが、皇紀2600年に当たる年の昭和15年(1940)の6月20日に雷雨があり、大蔵省付近に落雷して大蔵省を始めとする官庁街は火災のために全焼します。

この年は将門没後1000年だったというのです。当時の蔵相は将門慰霊祭を行いましたよ。

戦後 占領軍の駐車場に接収されると整地をしていたブルドーザーが転覆して、運転手が亡くなる事故があったそうです。昭和30年代には、首塚に供える御酒を大蔵省の管理課長らが呑んでしまったことがありました。すると、ボヤ騒ぎや病人騒ぎが起きたこともあったというのですね。

        将門首塚

バブル崩壊後に破綻した日本長期信用銀行は、首塚の敷地に掛かって建てられていたという話もあったりします。

震災後の大蔵省の仮庁舎建てた時に、塚の下から石棺が出たそうですが、既に盗掘されていたという話です。

昭和40年代初めまでは、首塚周辺のビル建設時に起きたことと将門を結びつける話を聞くことがありましたが、将門はそんなに長く怨念を持っていたのかしら??







▽コメント

 

ヒナさま
将門のタタリの話は良く聞きますが
大蔵省(もしかしたらこの度の財務省も?)にも
祟っていたのですね。
家から車で20分くらいのところに「箭弓神社」という
由緒ある神社があるのですが
10年くらい前に、駅前商店街の為に
なんと鳥居を移動させてしまいました。
そのあと、そこ東松山市には妙な犯罪が続き
住民はありゃあタタリだと言っています。
尤も犯罪そのものが増えている感じではありますが。

 

小ツルさん、鳥居は魔物や不浄ものの侵入を退けるので、どうなのでしょうね。
今回の財務省は、人的要因ですものねぇ。
将門の怨念と言われて、将門は「儂はそんなに執念深い性格ではない」と憤慨してるかも^ ^;

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Author:日向ぼっ子
小千住生まれ、大千住育ち 江戸が大好きなおきゃんな中年増で~す。
江戸文化歴史検定1級取得


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