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日向ぼっ子の大江戸散歩

現代のルーツ江戸を学んで今を探る

庶民と戦争?!

九州からの郵便は通常3日目には届くのですが、郵便番号を間違えたら10日も掛かって手元に来ました。不定形の封筒なのに郵便局は郵便番号だけで、住所は見ないことを知りましたよー

昭ちゃんは昭和18年(1943)9月23日の朝日新聞の縮刷版コピーの 「官庁勤務者の徴用強化」 の記事に赤枠を記してくれていましたが、ヒナはその上の記事 「国内必勝態勢を強化」 「女子動員男子に代替え  学生の徴兵猶予停止」 に引き寄せられました。

    朝日新聞

山本五十六は、近衛文麿から日米戦について聞かれ 「是非やれといわれれば、初めの半年や1年は、ずいぶん暴れてごらんにいれます。しかし、2年、3年となっては、全く確信は持てません」 と応えますねぇ。

山本の言った通り、17年の夏頃までの日本軍は太平洋の島々に上陸しますが、年末頃からは各所で敗走や玉砕が続きます。そして、山本五十六も4月18日にラバウルからブーゲンビル島に飛行機で向かい、米軍機に撃ち落されます。

海軍は山本の死によって士気が落ちることを懸念し、1ヶ月以上戦死を伏せていましたが、この頃外務省の情報局に勤務していた昭ちゃんは、山本五十六の戦死情報は早くに知っていたと言います。

1年も暴れることなく資源のない日本は敗戦への道を辿り、米国は17年になると無条件降伏への道筋を英国・中国と検討し始めます。その後2年半も持ち堪えたのは、凄いとは思いますが。

負け戦の時の大本営発表は 「転進」 「戦線縮小」 の言葉が使われ、インパール作戦時で進軍しているときは 「あと何Km、あと何Km」 とメディアは伝えるのですが、沈黙し出すと敗走だと昭ちゃんは書いてます。

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左上 進駐軍関係の募集  右上 鉄兜を鍋に更生  下 10円と米1合の作業終了後の金券

昭和16年12月8日の真珠湾攻撃の庶民の受け止め方を昭ちゃんに問いました。「 開戦は何の疑いもなく頑張るべく沸き上がりました。垂れこめた暗雲を吹き飛ばす勝った勝ったのニユースですからね。またいつまでも続く日支事変にもきりがつくと、、、、」

庶民は狂喜乱舞したようですが、何だか現代の北朝鮮と映像が重なりますよ。

都会で不自由になった食料も、桐生の飛行場へ行った時には旅館で腹一杯の白飯が食べられたり、軍や軍需工場では甘味品もあったそうです。

今朝 昭ちゃんから 「満州思えば」 という歌をyoutubeでと、メールが来ましたのでyoutubeを開くと、その歌の他に 「満州へ行こう」 と満州旅行案内なども載っていて、当時満州は開放されたユートピアのように見えますね。

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保阪正康氏と右翼の鈴木邦男氏との対談の最後に 「この戦争の真実が検証されるのは百年くらいの時間が掛かる。歴史には記述した人の想いや願いが込められているその中の真実とは単純に書かれている。その単純な一言で歴史を記述できる力を持つかどうかというのは、それを書く人の歴史観とか能力にかかっている」 とお二人は語ります。

70数年前の戦争から歴史とは何かが見えてくるのかもしれません。






▽コメント

 

私の鉄兜は鍋になりました
あの混沌とした時代に九州まで送ってきましたよ。
ワイルド&ハングリーの時代です。

 

昭ちゃんの10代から20代は波乱万丈でしたね。
鉄兜がお鍋になるとは、作り替えた人の発想が凄いです。
きっと、戦地でお鍋がなくって鉄兜を代用していた人でしょうか??

 

 姐さん上野の松坂屋に委託して九州にきたので
チョット諦めていたので驚きです。
取っ手も上手い具合に両側に底は平でした。
航空機用のジュラルミンやニュームもいろいろ加工したようです。
 米1合はピンハネするので7勺です。

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Author:日向ぼっ子
小千住生まれ、大千住育ち 江戸が大好きなおきゃんな中年増で~す。
江戸文化歴史検定1級取得


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