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日向ぼっ子の大江戸散歩

現代のルーツ江戸を学んで今を探る

本からくみ取るものは?!

『あの戦争になぜ負けたのか』 という本を読んでいましたよ。時々江戸を離れて、古代や近代史に関する本を読みたくなります。

「日本型組織は本音を言わないままで、お互い少しづゝ目標値を上げていく内に、愈々収拾がつかなくなる。虚構が肥大化する。そしてどうにも対応出来なくなる」 という癖がある。

「日本では、戦争の大義を唱え国家目標を云々する人はいても、それを現実につなげる大戦略を論じる空気が殆どなく、そもそもそれを考える役割の人がいなかった」 

戦略とは総合的・効果的運用方法で、大局的・長期的で策定する計画手段ということですね
戦争の大義を現代の政治や東京で起こっていることに変換すれば・・・。

      あの戦争になぜ負けたのか

インパール作戦を提言したのは、中将の牟田口廉也です。周りの師団長は兵站、つまり補給が無理だと抵抗したが 「何が何でもやる」 と声を大にして言う一人の独走を抑えられなかったのでした。

米・英・ソ連が蒋介石の中華民国に軍事援助のために用いた 「援蒋ルート」 の遮断が目的で行われた作戦ですが、日本兵はインドからビルマへ、仲間の死体で埋め尽くされた 「白骨街道」 を引き上げたというのです。

牟田口は戦後しばらくはインパール作戦の反省をしていたようですが、イギリス軍の中佐からインパール作戦成功の可能性に言及した手紙を受け取ったことから、自己弁護を言い出します。

 「あれはわたしのせいではなく、部下が無能のせいで失敗した」 と主張し、亡くなった兵士たちに対して一言の謝罪もなく昭和41年に病没しました。

航空機に於ける 「神風特別攻撃隊」 海軍の 「人間魚雷」 を指揮した者たちは 「俺も後から行くぞ」 と若者を送り出しましたが、8月15日を迎えると言ったことをすっかり忘れた如く 「戦後復興に尽くす方が大事だ」 と命を掛けた約束を破ったのですね。

日本の特攻は志願ではなく命令でしたが、ドイツでは特攻を志願する者がいたというのですしかし敗戦間際の戦争よりも戦後のドイツの興隆を考えて、多くの有為な若者を残すため特攻を禁じたのでした。

8月15日の玉音放送を聞いた後、中将 宇垣纒は自分で操縦するのではなく、部下の大尉に操縦させ 「武人としての死に場所を与えてくれ」 と大分の空港から沖縄に向けて特攻をしたのですが、米軍に打撃を与えることもなく、沖縄付近の海面に激突したといわれています。

宇垣に従った者は17名だったというのですが 「武人なら一人ひっそりと自決しろ!」 と憤りを感じます。

真珠湾攻撃より半年ほど前、優柔不断な首相 近衛文麿は、米国のルーズベルト大統領と秘密裏に会い、戦争の回避を画策しようとしますが、米国のマスコミに報道され、日本政府は国内の報道を禁止します。ところが親ドイツ派右翼や軍人に漏れ、近衛は非難され、命の危険に晒されることになりました。

米国側から日本の報道が反米運動を扇動している。日本の世論を抑えられないのならば、日米が和解しても国民の支持を得られないと、日米会談は実現しませんでした。偏向報道のマスコミに煽られた庶民は、戦争を礼賛することになって行きます。

物資のない島国を過大評価し、世界情勢を見極めることなく、有りもしない神風を信じ、精神論を振りかざし、とどめる場所を考えずに突き進み、戦況を拡大していった作戦とは。

責任を部下に擦り付ける上司や責任者の曖昧さ、声の大きな者へなびき引き摺られた形と、紙を配給しないと脅され政府・軍部からの偏向した情報を流し続けたマスコミの報道のあり方が、現代との相似形のように見えてしまうのは私だけ・・・。








▽コメント

 

  姐さん取り組み方がスゴーイ
終戦直前のホー助(補充兵)の私です。
  昭和17年4月18日
ノースアメリカンB-24双発爆撃機が空母から飛来
一部始終を外務省で見ていました。
まだ勝った!勝った!の時代ですが、
私は中立国(ソ連)経由で入る戦況の現実を知っていました。
 戦争は補給戦です。
この本もぜひ
「日本はなぜ敗れるのか・山本七平角川文庫テーマ21・2004年」

 

姐さん私の方に引っ張ると
すべての報道にはコードが存在します。
子供の笑顔と高齢者の元気な様子の裏は自分で確かめるのが、、、
「国策」と言う言葉をちょくちょく聞くようになりましたね、
すべては何も知らされていないと言うことです。
私の独断と偏見ですから
読まれた方が短絡しないようによろしく。
 私が配転(18才未満就業禁止令)後
「竹槍事件」が起きています。
これは検索される事件です。

 

昭ちゃん、無謀な戦争だけど、作戦を読み進む内に
不謹慎だけど、笑ってしまいましたよー
余りにも自己中心、無能な大将や参謀。
今だから(歴史となると)見えるけど、当時は分からなかったのでしょう。
この1年ほどで、マスコミ報道やネットの状況がかなり変化していますね。

 

私の正式名称は「要地(宮城)防衛気球隊」ですが
気球を揚げる酸素のセット(20本)も空で薄い鉄板・1.2ミリに囲まれた
監視哨でした。
九十九里浜の防衛設備も似たようなもので
これが本土決戦鉄壁の布陣です。
決戦は本土の利・補給線の伸びた敵は不利とか、
インパール作戦と同じですね。

 

昭ちゃん、本土決戦をしていたら、姐さんは存在してなかったかも。
今頃、米人とのハーフや、米国人が溢れた東京になってたりして⁈ SF物の発想に使えるかな^ ^

 

千住姐さん命をかけた貴重な体験で
大和魂まで戦力に換算しましたからね。
 終戦の放送が終わり私のそばにきた班長が
耳元で「加島  昔にもどれるぞ」っと
一瞬意味がわからなかったです。(笑い)

 

昭ちゃん、昔に戻ることなく、新しい時代を迎えましたが、
ある意味、米国に乗っ取られた戦後だったかも。
しかし、現在は戦前思想に戻るような風潮が・・・。
どの方向に進むのが良いのか、迷走している国なのかも^^;

 

姐さんの話題からいろいろ蘇りました
GH〇参りとビーサイレントの時代かな。

 

昭ちゃん、戦争を体験した人たちが、少なくなってきて、現状の世界の指導者が戦争をバーチャルに捉える様な気がしてなりません。
犠牲はいつでも庶民ですねぇ。

 私的世相放談

ヒナさん、こんばんは。
憲法改正、経済のグローバル化、プレミアムフライデー導入、マイナンバー制、教育勅語の扱い、テロ等準備罪(共謀罪)、等々。首をかしげたくなるような国の施策に怖ささえ感じます。それにともなう報道の在り方にも甚だ疑問を覚えますね。ちなみに私は護憲ですが。
先日も某閣僚が学芸員に関して乱暴な発言をしました。
学芸員が文化財の保護、保全、研究を優先するのは当然のことだと思います。観光立国を目指し外国人観光客を増やすのが国家の施策だからそれに従え、従わなければ一掃するなどという発想は傲慢であり、到底通用しません。

人間は皆それぞれ色々な事情を抱えながらも一生懸命に生きているということが忘れ去られてきているように思います。
今だからこそ、山本周五郎、池波正太郎、藤沢周平を読み返しています。

 

袖萩さん、政権擁護の評論家やマスコミが多く、反論すると
TVから消え、ネット報道は直ぐに見られなくなるような??
大臣も発言も酷いものが多く、傲慢ですね。
現憲法の出来た経緯を見ると、米国はかなり日本を怖れていたのが
分かり、興味深くですよ。
山本周五郎、池波正太郎、藤沢周平の三作家の読後は、
あたたかい気持ちになりますものねぇ。

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Author:日向ぼっ子
小千住生まれ、大千住育ち 江戸が大好きなおきゃんな中年増で~す。
江戸文化歴史検定1級取得


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