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日向ぼっ子の大江戸散歩

現代のルーツ江戸を学んで今を探る

サクラと新年度?!

昨日は会社時代のマラソン仲間から誘われて皇居へ、3人の仲間は皇居周りを走ったので、膝痛のヒナは千鳥ヶ淵公園まで歩きましたよ。

    皇居

11時頃には雨も上がり満開の桜の下は、ランナーや観光客で大賑わい。千鳥ヶ淵公園の手前から道幅が狭いので、以前に走っていた時は、車道へ出てしまったことを思い出しました。(危ない!!)

     皇居1

皇居周辺の桜は枝が張った大木が多いのですが、江戸時代の8代将軍吉宗は、江戸城の周辺に松を植えて城の目隠しとしたので、桜はいつ頃から植えられたのか調べてみました。

明治14年(1881)に英国人のアーネスト・サトウが英国公使館にサクラを手植えしたものを 東京府に寄付したことに始まるというのですね。明治31年(1898)に東京市により桜並木が整備され、大正8年(1919)に千鳥ヶ淵公園が開園しました。

皇居桜 皇居枝垂れ
    ソメイヨシノ                           しだれ桜

アーネスト・サトウの初来日は文久2年(1862)で、横浜の成仏寺において日本語を教えていたアメリカ人宣教師サミュエル・ブラウンや、医師の高岡要、徳島藩士 沼田寅三郎から日本語を学んだとされています。

生麦事件の賠償金交渉では、未だ通訳は出来なかったようですが、文久3年(1863) 老中 小笠原長行から英国公使ニールへの手紙を翻訳しています。手紙の内容は、将軍 家茂から孝明天皇宛に 「5月10日をもって攘夷を行う」 と約束したことを知らせるものだったのです。

     花筏 花筏
     
サトウは勝海舟や西郷などの幕府要人や各大名、攘夷の武士たちとの関りも多く、一説ではスパイ的仕事をしていたのではと言われていますね。

明治28年(1895)には、英国公使として3度目の来日をしていました。2度目の来日時、日本人の指物師か植木職の娘 武田兼を内妻にして3人の子供をもうけています。

「サトウ」 はスラブ系の名で日本人の 「佐藤」 とは無関係ですが、サトウを 「薩藤や佐藤」 の字を当てて、日本名で 「薩藤(佐藤)愛之助」 と名乗っていました。

      冊子

今日は雨の中、歌声を主宰している友人のロコさんが著作した冊子 『NO MORE 認知症』 を持参してくれました。歌と手話で認知症を予防する冊子で、長年携わった歌声ボランティアの経験から書き上げたものです。

ヒナが初期の原稿チェックとアドバイスをお手伝いしてから、1年ほどで完成させています。内容は歌あり、手話あり、話ありと楽しいものが出来上がりました。

この3週間ばかりは、会社時代の人たちからの誘いで、大笑いの場面が続いていました。

人生を豊かに楽しくしてくれるのは、様々な場面で出会った人たち(ブログだけでも)のお陰だと、感謝一杯の新年度の始まりです^^






▽コメント

 お疲れ様でした

私も以前は母を連れて毎年千鳥ヶ淵の桜を観に行きましたが、ここ3年程行っていません。やはり千鳥ヶ淵緑道の桜は最高ですね。毎年4月6日に東洋大学の入学式が武道館で挙行され学生たちも一生のよき想い出になることでしょう。
桜は稲作の神の依代で昔の人は花の付き方でその年の収穫を占ったとか。そこから花見の宴に広がったようです。散り際が美しいから日本人は桜を好むとされますが、桜の美は生活に溶け込んだもの。正に桜は農耕民族の心ですね。

 

袖萩さん、桜🌸が稲作の依代とは知りませんでした。
桜というと木花咲耶姫が浮かびます。春は女神で現す様なので、男性より女性の方がパワフルかも^ ^

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Author:日向ぼっ子
小千住生まれ、大千住育ち 江戸が大好きなおきゃんな中年増で~す。
江戸文化歴史検定1級取得


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