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日向ぼっ子の大江戸散歩

現代のルーツ江戸を学んで今を探る

過ぎたるは猶及ばざるが如し?!

相手の気持ちを推察するとは、今 巷間では 「忖度」 といわれてますが有能なサラリーマンで、これをしない人はいないでしょう。

ヒナは十数年秘書業務をやっていましたが、顧客からの依頼を自分で処理することはなかったですよ。必ず上司に報告するし、指示を仰ぎました。組織では逸脱した行為はやってはいけないことで、上司と部下は信頼関係を作らないと仕事は出来ませんね。

伊勢津藩主となった藤堂高虎は、家康とどのように信頼関係を作ったのかと思っていました

関ヶ原の戦いの前年 慶長4年(1599) 家康は、病に伏していた前田利家を京の屋敷に見舞うために、伏見から船で八軒家の船着き場につくと見知らぬ駕籠が停まってました。

        徳川家康-2 家康

中から藤堂高虎が出て来て 「ここから前田様の屋敷への道で、家康様のお命を狙うものがおります」 と告げます。

高虎は家康の身代わりとなり、家康は無事に利家を見舞い、高虎の屋敷に参ります。高虎は家康の為に屋敷を、厳重に守ったといわれています。

その後の高虎は 「裏切者」 「風見鶏」 と揶揄されますが、関ヶ原の戦いでは脇坂安治や朽木元綱らに東軍への寝返りの調略を行ったり、大谷吉継隊と死闘を繰り広げます。

それらの軍功により家康の信任を得ることになり、家康の死去に際して枕頭に侍ることを許されました。

高虎は加藤清正と共に、築城の名手といわれていますが、最初の城つくりは秀吉の弟の羽柴秀長の家臣のときに、秀長からの命により、天正13年(1585)に和歌山城を築城したのがはじまりです。

         藤堂高虎 高虎

高虎は6尺2寸(約190cm)の大男で力もあり、勇猛果敢な武士であっただけでなく、戦略的築城も出来るという才能を開花させます。

秀長に仕える以前は、浅井氏をはじめとして4人の武将に仕えますが、気が荒くプライドが高かった故に、浅井氏没落後は同僚との不和や認められないことで主君を変えて来たのですが、秀長は破格の禄高で渡り奉公人だった高虎を召し抱えたのです。

仕事は人間関係が上手く行かないと大変ですし、良い上司だと見えない才能を引き出してくれるものです。

上司の専務は 「お前はスギタルだ!」 とヒナに言いました。今回の高官達も 「スギタル」 が多かったのかな??









▽コメント

 お久しぶりです

忖度は今年の流行語大賞になるかもしれませんね。
本来忖度は悪い意味ではないと思います。仕事上、私も忖度しましたし、忖度して出世するサラリーマンも多いでしょう。柳沢吉保や間部詮房は忖度しまくりだったことでしょう。
でも、公務員や政治家、権力に準じる者は忖度は必要ありません。今の権力者はもっと謙虚に丁寧に説明と対応をしてほしいです。

 

袖萩さん、一強の権力がおごりが酷いですねぇ。
弱者に寄り添う姿勢は皆無。
田舎侍が権力を手にして、威張り散らしている感じが・・・。

 こんばんは

僭越ながら、ヒナ様とは考え方の根っこの部分が似ていると拝察致し、嬉しく思っております。
先日、山本周五郎の「大将首」を時代劇で視聴し、原作本も読みました。『人情武士道』に所収されています。昭和15年8月に執筆されている作品ですが、今以て輝いており、現代のこの何ともモヤモヤした心薄き時代にカツを入れ、スッキリとした気分になりました。
山本周五郎は江戸の庶民、武士でも足軽など下級武士に焦点を照らした作品が多く、大好きです。

 

袖萩さん、私も周五郎は好きでした。
というのは、ここ5年ほど小説をほとんど読んでないのです。
周五郎の『梅雨のひぬま』という作品が心に沁みたは30年位前だったか?
本は幼いころから好きで、漫画から小説を読んでいたのですが、
今はノンフィクションばかりで、活字がない生活は考えられません。
退職したら本を読む生活がしたかったので、希望通りかもしれません^^
ある本を読むとその参考資料が気になって、次から次に興味が広がります^^;

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Author:日向ぼっ子
小千住生まれ、大千住育ち 江戸が大好きなおきゃんな中年増で~す。
江戸文化歴史検定1級取得


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