日向ぼっ子の大江戸散歩

現代のルーツ江戸を学んで今を探る

心和む日も?!

雨の日が続いているのに、雨を掻いくぐって先週土曜日は赤坂の町を歩き、昨日は会社のOB女子会で三崎口港に行きました。

三崎口港 油壷

天気予報と前日の激しい雨で不安でしたが、雨に降られることもなく時折日差しが雲間から差して来たりしましたよ。

カモメ1 カモメ

晴れ女ばかりねぇと友人が言えば、ヒナは 「空に雨降るんじゃないわよ」 と言っておいたからと。

  さかな さかな1

異常気象で寒く雨降りばかりが続いた日の晴れ間でした。

いるか あざらし

品川駅に集合するまで何処へ行くのか全く聞いていなかったミステリーツアーでしたが、三崎口港でのマグロ尽くしの昼食と遊覧船、油壷マリンパークのイルカとアザラシの癒しと昔話で盛り上がった楽しいおしゃべりに、心和んだ一日でした。





料亭会談?!

昨日は2ヶ月ぶりのびらグルメで、赤坂の料亭 「金龍」 へ行きましたよ。

     金龍

赤坂の料亭は料亭政治といわれ政治家が密談の場所として利用していましたが、料亭政治が廃れ、料亭も企業形態を変えて一般人でもランチを楽しめる場所になりましたね。

金龍は飲食店が多いみすじ通りに黒板塀に囲まれひっそりと佇んでいます。中に入ると昭和28年の建物ですが、外の騒音が聞こえないのは、細い縁側と畳廊下のガラス戸があるからでしょう。

畳廊下の天井には枕絵が貼られているの面白いですよ。お店の方が畳廊下の戸棚から出したのは、礒田湖龍斎の2点の春画です。

    天井枕絵 枕絵湖龍斎    

江戸時代は北斎や歌麿なども枕絵を描いていて、性を秘匿の対象とはしてませんでした。
枕絵は春画、あぶな絵、ワ印などの言い方がありましたよ。

料亭の味は 「おいしゅうございました」 

      焼八寸豆柿玉子

焼き八寸のうずらの卵を柿に見立てた豆柿玉子は目から季節を感じさせる物ですし、煮物の里芋五目巻きは中から夢がこぼれ出します。

          里芋五目巻き

一品づゝに手が込んでいて、接客も丁寧で気分良い時間が過ごせ、広目屋さんは 「俺は料亭へ行ったぞ」 と宣給ふとか。

今回は、島根県から英ちゃんが参加してくれたので、久しぶりの再会を楽しみながら食後は赤坂の町を少し歩きました。

          山脇武家屋敷門
           武家屋敷門

お鈴さんから山脇学園に武家屋敷門があるといわれ、見に行きました。老中本多美濃守忠民の屋敷門で、文久2年(1862)に焼失し直ちに再建されました。丸ノ内の中央郵便局の位置にあったものですが、色々な経緯があり現在は山脇学園の志の門となっています。

豊川稲荷から薬研坂と円通寺坂を下ると、家康の伊賀越えを助けた鈴降稲荷です。マニアックな江戸歩きの達人遊さんでないと見つけられない場所にありました。

       築地塀 雷電の墓
        築地塀                   雷電の墓

今度は逆に円通寺坂を上り、三分坂を下ると200年を越す築地塀が見える報土寺には雷電為右衛門の墓所がありました。勝海舟の居宅2ヶ所を見て散策終了、いつものように打ち上げへ。

江戸の蘊蓄話やら雲州の英ちゃんの島根県の話を聞いて 「出雲講」 を作り年功序列で、広目屋さんとヒナが先ず雲州に出掛け、その後順に行く提案をしたら、若年者達から 「何の功があるんだ!」 弁護士の若旦那から 「それは詐欺です」 のブーイングに大笑いでした。

今回は気の沈む報告があったので、好きな江戸話や馬鹿なことを言い合って、ひと時でも笑いで忘れられる会になると良いなぁーと、思いながら家路に着きました。






本に呼ばれて?!

今回の衆議院解散では、議員が失職しないための動きが見えました。議員は政党で選ぶのではなく、一人一人を選びたいですねぇ。小選挙区比例代表制は、未熟な民主主義の日本には未だ合わないのではないかと思うのですよ。

仕事をしていたときは選挙には行きましたが、政治に対しての興味は全くなかったので、細かいことが分からない。

偶然 本屋で手にしたのは 『田中角栄と安倍晋三』 保阪正康著でした。昨年来 田中角栄の礼賛の声が多くなっていますので、同じような本かと思ったのですが、明治以降の政治についての説明で、現在の状態が良く解かるものでした。

         安倍晋三田中角栄と

安倍晋三は大学を卒業後 米国に留学したが熱心に英語や政治を勉強するわけでなく、ホームシックで早く日本に帰りたいと言っていたそうです。何かをなすために前向きなるのではなく、与えられた環境で本を読むこともなくのんびり過ごすお坊ちゃんタイプだというのですね。

安倍の政治姿勢は本来タカ派であるのに、平成6年(1994)の自民・社会・さがけとの連立政権では 「リベラル政府をつくる会」 を組織して社会党の手前リベラルを装っていた。

田中角栄を国民主義者とし、安倍を国家主義者としています。それは、安倍の母方の祖父 岸信介の戦前からの行動から田中と対比して書かれているのですが、田中は出自から庶民目線で政治を語り、岸は米国の便利屋になることによって戦前の罪を糊塗したと読み取れるのです。

岸がCIAから多額の政治資金を受け取っていたことは有名ですが、米国に操られていたと思われるように、孫からも同じような行動が見受けられますね。

東条英機は 「私が最高責任者ですから」 としばしば使っていたが、安倍もよく用いる言葉である。これは 「俺に逆らうな」 との恫喝の言葉であって、反対意見を権力で跳ね返そうし、討論を拒否しているというのです。安倍は、権力は行使しなければならないと言っているようですが

先の戦争を侵略ではないと歴史を修正しているとか、戦争を通しての昭和天皇と今上天皇の考えなど、黒船以降の歴史から現代の為政者に踏み込んだ面白い内容です。





前田家3代?!

衆議院が解散して、政界が混沌としてなんだか分からないことばかりですねぇ。一人の女性に日本のトップを含めた男たちが右往左往と翻弄され、マスコミは実績の見えない彼女を煽っているているように感じるのは、ヒナだけではないでしょう。

今朝のTVでは、幕末の薩長同盟のような奇策が起こったとか言ってました。

幕末の不思議の一つに、前田利家、利長、利常の加賀藩創設から3代の事績を考えて、大藩加賀が目立った動きもなく埋没したことですよ。

         前田利家 利家

加賀藩士が現れれるのは、明治11年(1878)の大久保利通を加賀藩の足軽だった島田一郎が中心となり藩士の子らが加わって暗殺した事件です。大久保が居なくなった政府は、伊藤博文らの長州勢が力を持ち、政府内の風紀も乱れたといわれています。

余談ですが、大久保の次男で昭和天皇の信頼が厚かった宮内大臣の牧野伸顕の娘婿が吉田茂、吉田の三女和子の長男が、祖父を真似ているのか横柄な副総理に続く家系ですね。

豊臣秀吉と前田利家は刎頸の友、秀吉は利家に秀頼の後見を頼み、利家は息子の利長に豊臣家を守るように話します。

         前田利長 利長

三代目の利常は、利長の異母弟で、天正20年(1892)秀吉が朝鮮への出兵を図った時に肥前名護屋の陣中に呼ばれた洗濯女が身籠った子であったかことから、利家の正室まつから疎まれていました。

利長には実子が居なかったことから、多くの弟の中で父利家と体格が似た大柄の利常を後継に選びます。

家康は前田家との対立を避けるために、3歳の孫娘珠姫を9歳の利常に娶せます。利常が13歳なると松平筑前守を名乗らせますが、兄の利長は秀吉から羽柴肥前守を与えられていました。この時期前田家は、羽柴と松平の二姓が混在して豊臣と徳川の狭間にあったのですね。

          前田利常 利常

利長は前田家の永続と、弟の苦境を救うために家康の要求を全て受け入れ、大坂の陣が起こる前に、病に侵された身体に自ら毒を呑んだと言い伝えられていますよ。

それでも家康は前田家を怖れ、死の床に利常を呼び 「わしは今から死ぬ。お前をどうやって殺そうかと思っていたが、秀忠に止められた。秀忠の恩は大きいから謀反なぞ起こすな」 と釘を刺したという話もあります。

家康は 「誰にても天下を奪い申さるべく候、袴や肩衣では取れぬもの故、弓矢にて取り申さるべく候」 と言ったといわれていますが、戦国の世は弓矢にて天下を奪ったのでしょう。

さて現代は何を使うのでしょうか?

マスメディアだとしたら、興味本位のいい加減な報道に惑わされることなく、見極めたいものですねぇ。





江戸始図?!

「暑さ、寒さも彼岸まで」 で、同じ暑い日でも秋の気配を朝夕に感じるようになりましたねぇ。
今日はお墓参りの帰りに、日比谷図書文化館へ行って来ました。

         日比谷図書館

先日 遊さんから今年初めに松江歴史館で見つかった 『江戸始図』 の展示が19日から11月19日まで日比谷図書文化館であると教えてもらったので行って来ましたよ。

「松江城と江戸城」展は、入場無料ですが中々見応えがありました。

1607-1609年頃の江戸城とされ、松江歴史館所蔵の 「極秘諸国城図」 の中の 『江戸始図』 は、A3サイズより少し小さいものです。家康が築いた江戸城を描いた最古級の絵図で、南側が城塞のようになっていて、大名屋敷が御城周辺に配置されています。

         日比谷パンフレット

松江城や他の江戸の地図などもあり、興味が引かれたのは明暦の大火以前の江戸城周辺を表した 『新添江戸之図』 でしたよ。

現代も皇居の石垣に残る大名家の刻印石の場所と刻印の説明とか、家康入府以前の八重洲北口の遺跡が墓址であったこと。

16世紀の墓址から、聖母子像が刻まれた青銅のメダイとロザリオの珠の出土品や遺体の写真など、今まで見ることがなかった東京駅・有楽町から出土した物も展示されてました。

         日比谷公園
           日比谷公園内では芝生の張替え中でした

ヒナはこの絵図が発見された時から、お城の周辺の大名屋敷に興味があり、島根県在住の英ちゃんに写真を送って貰ったりしてましたが、英ちゃんから江戸城の本が発売されることを聞いて、入手していますよ。

ヒナは、いつも江戸仲間のお陰で情報を得ることが出来、今日は空いていたので、一つ一つをゆっくり見ることが出来ました^^

始まったばかりなので、興味がある方は見に行っては如何でしょう?






 | HOME |  »

プロフィール


日向ぼっ子

Author:日向ぼっ子
小千住生まれ、大千住育ち 江戸が大好きなおきゃんな中年増で~す。
江戸文化歴史検定1級取得


最近のコメント



最近の記事



カテゴリー



最近のトラックバック



月別アーカイブ



ブロとも申請フォーム


この人とブロともになる


ブログ内検索



RSSフィード



FC2カウンター



リンク


このブログをリンクに追加する