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日向ぼっ子の大江戸散歩

現代のルーツ江戸を学んで今を探る

戦後から変わらず!?

今週のはじめに、ゴルフの松山選手が優勝しました。首の痛みとパットが入らずに、下位ばかりの2年でしたから、久しぶりの優勝が観られて嬉しかったです。

被災にあった石川県の今年度の予算案に、大阪・関西万博を見据えて国際文化交流の推進予算として1千円計上されたというのですが、平時には文化交流は必要ですが被災の立て直しが優先ではないかと、疑問視されてますね。

  坂口安吾  不良少年とキリスト
    坂口安吾

株価の日経平均がバブル期以上にあがって最高値になっても、庶民には物価高の実感だけで恩恵は感じません。

現状を見ていると、戦後の混乱期から現代が見えないかと思い、坂口安吾のエッセイを読んで見ました。

『ヤミ論語』の中に道化芝居というものは、あり得べくして、あり得べからざる珍妙のために、人々が笑ってくれて成り立つものであるが、ちかごろは、道化の材料が普通の現実になったと書いています。

元伯爵の子供が窃盗罪で捕まった時、引き取って更生させたいという女の志願者が殺到したというのです。志願者はただ可哀そうだと思っており、よいことをしている気持ちでいるらしい。志願者たちは無学無智なのである。現在の日本は、かかる無智なるものに生活力があり、慈善を施す能力が具わったという証拠であると続けます。

政治献金は利益の取引ではなく、単なる献金だという。つまり慈善である。利益の取引は罪を構成するかも知れぬが、献金や慈善は罪を構成しない。その代わり、人間の生活を、無学無智、白痴の世界へ引きずり込んでいるものだ。神を怖れざる仕業である。

近ごろの政治献金という慈善事業は、伯爵の子を引き取りに行く裏長屋のオカミサンによく似ている。無学無智、白痴たることによって罪を救われているにすぎない。自らの罪を知り、罪に服する勇気なくして、知識も文化も向上もあるものではない。

戦後80年近く経って、中学までの勉強もしていないタレントを当選させる国民ですから、安吾が言うように、私たち選挙民が無学無智であるが故に、私利私欲にはしる政治家を作っているのかも知れません。

昭和23年(1948)に福井県で直下型の地震が発生しました。それについて安吾は地震の被害は殆ど年々のことである。これを天災と称したのは昔はそれで当然であるが、その対策の分明(フンメイ 明白にする)している文化国家で、これを天災とするのはわからない。

災いを転じて福となす。災害にこりる。こりるということは大切なことだ。こりないことは、罪悪だと私は思っている。日本人は地震にこりないのである。近頃の有様では、殆ど戦争にも、こりていないようである。

日本人は忘れる国民だといわれていますが、焼け野原になった敗戦から3年後に戦争が嫌でない人がいたのは、戦争で儲けた人たちなのでしょう。

禍いを利用する、なんでも利用して、より良くしようとする心構えは、文明の母胎であるが、それには、先ず、こりることが第一だ。

戦争で、みんな家を失った。家財も失った。そういうことも、これを利用するならば、災害が生きてくるのである。焼け跡のうちに、都市ケイカクをし、区カク整理を行えば、焼けたことも生きてくる。

資材がないから今はバラックが当然である。後日のケイカクとして、木造の私宅を許さず、鉄筋コンクリートのフラット式の集団高層住宅を原則とする。さすれば地震にもたえ、狭小な国土に利用地を増やすことにもなる。それぐらいのケイカクは当然立案されて然るべく思われるのに、そんな声もきかれない。

日本の大半が焼け跡になり、これから建設、という今が何より適当で、これを利用して、文化国家建設のイトグチとすべきであろう。

東京の街づくりは、関東大震災後に後藤新平が提案したものと、戦後と二度のチャンスを生かすことが出来なかったのですね。

禍いは、これを利用せよ。そして進歩せよ。天災という言葉は抹殺するようにならなければならぬ。地震にこりることのない魂は、戦争にもこりることを知らないのである。

安吾が書いていることは、現代にも匹敵するものだと思うのですよ。





覇者はいるのか?!

「漢庭榮巧臣」中国漢の時代の漢詩の一部で、上にへつらう者は出世するという意味ですが、紀元前200年前から変わらない人間の心根なのでしょうか。

     合戦絵

年金受給者は事前に所得税も住民税も保険も天引きされ、国民は確定申告で税金を納めるのに、裏金は政治資金として処理したから所得税は発生しないとの自民党の調査報告書には、あきれるばかりですね。

政治家が襟を正さずに、国民に税金を払えとは江戸の年貢よりもひどい物ですよ。

故半藤一利氏が2012年に歴史学者磯田道史氏との対談で、戦国時代の三河武士で、のちに禅僧になった鈴木正三(ショウサン)が将になる7条件の話をしていました。

1.先見の明がある
2.時代の流れが的確に読める
3.人の心をつかむことが出来る
4.気遣いが出来て人徳がある
5.自己の属している共同体、組織全体について構想を持っている
6.大所高所から全体が見渡せる力量を持っている
7.上に立つにふさわしい言葉使いと態度が保てる

現代のトップにも当てはまる条件です。

対談で半藤氏は現代が幕末だ、維新だといわれるが、戦国時代と言っています。

戦国時代は将軍の権威が落ちて、体制はぐずぐずし何も決まらない時代で、精神を拘束するイデオロギーがないというのですが、現代の政治そのものです。

時事通信の世論調査では、内閣支持率が16.9%と過去最低支持率で、来月の訪韓で大谷選手を観戦するとか、国民感情を逆なでることばかりやるのが得意なようですね。

自己保身のために首相は優柔不断で、何事も検討で終わらせていれば、支持率が落ちるのは当たり前。

戦国時代は、チャンスだと思えば手を挙げる奴ばかりとも言っていますが、次期首相に手を挙げるのは誰なのでしょうかねぇ。





昔も今も?!

藤井八冠が王将戦を無傷の4連勝で3連覇を成し遂げました。プロ棋士は記憶力が良いといわれていますが、何百の棋譜を覚えていているということです。

70歳を過ぎれば記憶力も衰えますが、文部科学大臣の統一教会との答弁は「記憶にございません」推薦状は「内容を確認せずにサイン」したとか、国会議員の体を成さない無責任な仕事ぶりです。

    国会議事堂

敗戦時に自決をした軍人は568人といわれていますが、自決に際して「開戦への気持ちは変わらないが、国家の運命を敗戦としたのは深く責任を感じ自決を以て天皇陛下にお詫び申し上げ、戦没者その遺族、国民各位に陳謝する」との遺書を残している人もいました。

東條は「屈辱和平、屈辱降伏」「新爆弾に脅えソ連の参戦に腰を抜かし」と当時の政府指導者を批判し、「戦いは最後の一瞬に於いて決定するの常則は不変なる不拘」と豪語していたのです。

最後の一人になるまで戦い続けろと言っているのですが、先々を考えない余りにも無責任な発言ですね。

もし、東條の言うように戦争を続けていたら、北海道からソ連が、南九州からアメリカ軍に攻められ、この国は解体したといわれています。

敗戦を受け入れ東條から見れば弱腰だった当時の鈴木貫太郎首相は、「隣邦を侮辱し、東洋の盟主と自ら唱え、道義的に転落し、冷静な批判世界情勢を説く者は非愛国者として扱われた。思想を禁圧し世には曲学阿世が蔓延り、日本中が天狗の寄り合い世帯みたいになった」と戦時中を書き記しています。

鈴木はこれからの日本と日本人は「嘘をつかぬ国民になることである。そして絶えざる努力を続けて行くことである」と自省しています。

敗戦からの軍事指導者には、自決・責任逃れ・自省と多様な姿があったというのです。

8月15日の玉音放送後に、軍部や関連施設では戦争に関する書類を焼却した話は有名ですが、日本陸海軍には膨大な軍事物資の兵器・被服・食料や金属類が残されていました。

8月末に進駐軍が上陸すまでの間は2週間程あり、その間に軍事物資を進駐軍に接収されることを恐れた高級軍人らは、それらの物資を私物化したといわれています。

昭和19年頃 日本軍が東南アジアのある国の王家に繋がる財宝を、戦況が悪化したことを理由に日本に寄付してもらい融解して戦備に変える計画があり、日本に集められたというのです。日本国内でも金属類を接収していて、家にも指輪だったという石だけがありましたよ。

金属類は敗戦と同時に行方不明になってしまいます。それらの資金を元手に事業を始め成功し大企業に列するような企業もあるというのです。

昭和22年自由党の世耕弘一は隠匿物資の調査を要求し、委員会を作り隠匿物資を摘発しました。この世耕の孫が現代では1千5百万円余の裏金を作っているのですから、祖父としては何をか言わんやの心境でしょうね。

30、40年前には日本軍の巨額資産が保証人もいらず、低金利で融資されるM資金の詐欺がありましたね。70年代には全日空・東急電鉄・丸善石油が巻き込まれ、俳優の田宮二郎の自殺の原因がM資金だったといわれていました。

私欲を肥やせる者がこの国を動かす地位に就くのは、昔も今も変わらないようですね。





半世紀?!

悪夢のような1月が瞬く間に過ぎ、このひと月に芸人やサッカー選手のスキャンダル、70年代の過激派の登場、政治家の裏金問題や自民党副総裁の外務大臣の容姿やオバサン発言と、ワイドショーを賑わす話題が多かったですね。

先日 久しぶりにTVで、一世代前の政治家河野洋平氏を観ました。腐敗した自民党の政治家に対して、「自分の派閥の利益しか考えない現世利益を求める政治家が多い、国家や国民を考える元老的政治家がいなくなった」と述べていました。

現体制は、自分たちが首相のときは酷い政治を敷いてたのに、現在フィクサーを気取っている元首相たちが君臨しているようでは衰退するばかりでしょうね。

  伊藤正義  後藤田正晴
   伊藤正義              後藤田正晴

河野氏は40年前の伊藤正義や後藤田正晴が、周囲から首相になることを請われても自分の信念から受けなかったと言っていました。

伊藤正義は大平正芳が急死した際に首相の臨時代理を務めましたが、当初渋るのですが説得され臨時代理をやることになったのです。臨時代理となっても首相執務室に入らず、閣議でも首相の席に座らなかったそうです。

1989年竹下登の後継として自民党総裁に押されると、「本の表紙を変えても、中身を変えなければ駄目だ」と頑なに固辞します。

「政治家にとって首相の地位はその経論を実行しうる最大ポストなのに、首相になりたくないという政治家とは一体なんなのか」と批判されると「経論を実行させてくれるか、信用できない」と、推す者たちの心理を読んでいたようです。

後藤田正晴は政界引退後、「政治は党のため個々の政治家のためのものではない。国家国民のためにあるのが政治である」と語りそんな政治家がいなくなったと言っていました。後藤田も又首相になることを固辞していました。

米国の政治学者ジェラルド・カーティスは、後藤田を「政治指導者が自分の力を買いかぶって権力を乱用したり、間違った目的のために権力を使用することがどれほど危険であるかということを、身に沁みるほど分かっていたと思う。民主主義国家においては、国民の支持を得た上ではじめて正当な権力を発揮できるということを固く信じていた」と評しています。

現首相の「一番権限が大きい人なので、総理大臣を目指した」とは、大きな違いですね。

後藤田には五訓なるものがあり、1.出身がどの省であれ、省益を忘れ、国益を想え 2.悪い本当の事実を報告せよ 3.勇気を以て意見を具申せよ 4.自分の仕事でないと言うなかれ 5.決定が下ったら従い、命令を実行せよ

現政治家、官僚にこの五訓を示している人が見受けられません。

奇しくも 半世紀前の過激派の男が逃亡の果てに、実名を名乗り死んだ報道と重なり、半世紀でこの国は傾国の政治家や官僚の国になった感を強く禁じ得ません。

与野党が拮抗して、緊張をし得る政治体制になると良いのですが、現首相では選挙で議席を減らすでしょうけど、自民党副総裁が容姿を揶揄した女性議員が総裁になるようなことがあれば、自民党は大幅に議席を増やすかも知れないと思うのです。

一世代前の政治家や官僚と現在の違いは何なのかと考えたとき、戦争→敗戦→復興を経た世代と、近代史を真面に学ぶこともなく戦争の歴史すら知らない世代との違いではないかと推測したのですが。




歌会始?!

「幾年の 難き時代を乗り越えて 和歌のことばは 我に響きぬ」 歌会始めの愛子様の御歌です。卒論テーマ和歌を読んだものですが、不安定な現代を難き時代と捉え共感する人が多かったようです。

皇室の方々は御歌に想いを託すといわれていますが、難き時代と捉えた人たちからは、愛子様を天皇にとの声が上がっていますね。

   二重橋

樋口清之著『にっぽん女性史発掘』によると、原始社会の結婚は招婿婚(ショウセイコン)、妻問い婚で女性が嫁ぐ嫁入婚ではなかった。

神武天皇(実在するか否かは別にしてと、注釈あり)は、即位の前年に大物主の娘いすゞ姫と結婚していることから男性は独身では天皇(古代は大王(オオキミ))になれなかった、古代の天皇は皇后を作らないと即位できなかった。

古代の天皇権とは、皇后の祭祀権と同等であり、女性が家の神を祀る者として欠かせない存在であったことから、女性天皇は独身でなければならないのではなく、女性は独身であっても天皇になれたというのです。

時代が進み唐の影響を受けて男性中心の社会が出来上がり、明治維新で薩長は女性蔑視を強め、天皇を利用して国体の本義なるものを作りました。

「大日本帝国は、万世一系の天皇皇祖の神勅を奉じて永遠にこれを統治し給ふ」

「国民は国家の大本としての不易な国体と、古今に一貫し中外に施して悖らざる皇国の道とによって、維れ新たなる日本を益々生成発展せしめ、以て彌々天壌無窮の皇運を扶翼し奉らねばならぬ。これ、われら国民の使命である」

これらの本義なるものが、無益な戦争へ進ませ、天皇の名において赤子たる国民の命を奪ったのは明白な事実ですね。

万世一系の男子が天皇を継ぐことは明治維新以降に作り上げた天皇であって、戦後には日本国民統合の象徴となったのですから、国民の多くが支持する人が天皇になるべきで女性であっても良いのだと考えるのです。

自民党の右派や日本会議の保守層は昭和初期の危うい時代が好みなのか、その時代に戻す思想にみえます。

先日 元ジャーナリストで保守派論客と持ち上げられているオバサンは「あなたは祖国のために戦えますか」と世に問い、高齢で戦争へ行くことのない者が言うべきないと批判を受けていましたね。

保守といわれる人間は、得てして自分に実害を及ぼさない処から語るものですねぇ。






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Author:日向ぼっ子
小千住生まれ、大千住育ち 江戸が大好きなおきゃんな中年増で~す。
江戸文化歴史検定1級取得


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